ボトックス外来を担当している中で、今でも深く心に残っている患者さんがいらっしゃいます。
順調だった退院後の「異変」
患者さんは40代の女性。
脳卒中により片側の手足に麻痺が残り、当初は座るのにも介助が必要な状態でした。
しかし、入院中のリハビリを懸命に頑張られた結果、ご自身の力で歩けるまでに回復し、元気に自宅へ退院されました。
ところが退院からしばらく経った頃、リハビリ外来に通う彼女の歩き方に変化が現れました。
足首が勝手に内側へ曲がってしまう「内反(ないはん)」と、つま先が下を向いたまま固まる「尖足(せんそく)」という痙縮(けいしゅく)の症状が出てきたのです。
あんなに元気に歩いていた彼女が、杖なしでは歩けなくなり、さらには歩ける距離も目に見えて短くなってしまいました。
注射とリハビリの二人三脚
「また以前のように歩きたい」というご本人の願いに応えるため、私たちはボツリヌス療法(ボトックス注射)を行うことにしました。
つっぱりの原因となっている足首周りの筋肉(前脛骨筋や後脛骨筋)へ注射を行い、あわせて外来でのリハビリを強化しました。
具体的には、固まった関節をほぐす入念なストレッチと、正しい姿勢での歩行訓練を並行して行いました。
取り戻した「日常」とご家族の笑顔
効果は1週間ほどで現れ始め、1か月が経つ頃には筋肉のつっぱりがしっかりと抑えられました。
その結果、以前のように杖を使わずに、長い距離を安定して歩けるまでに回復したのです。
ご本人、そして支えてこられた旦那様から「薬が効いて、また以前のように歩けるようになりました!」と弾むような声で喜んでいただけたことは、今でも忘れられません。
その後も3か月おきに状態を確認しながら、彼女らしい歩行を維持し続けています。
ボトックスは「心に寄り添う治療」
私たちリハビリ医にとって、歩けなかった方が歩けるようになり、日常生活を取り戻される姿を見ることは、何よりのやりがいです。
ボツリヌス療法は、単に筋肉を柔らかくするだけの治療ではありません。
患者さんが動きやすくなり、ご家族の介護負担が軽くなることで、関わるすべての方の悩みを解消する「心に寄り添う治療」だと思っています。
脳卒中後のつっぱり(痙縮)によって、「以前はできていたことが難しくなった」とお悩みの方やご家族がいらっしゃいましたら、決して諦める必要はありません。
まずは解決策の一つとして、痙縮治療を専門とする医師に今の状況を相談してみることから始めてみてはいかがでしょうか。