ボツリヌス治療 連載第18回 【事例紹介】「手のひらが洗えた」衛生管理と介護のしやすさ

ボツリヌス療法(ボトックス治療)を通じて、ご自宅で寝たきりの患者さんを介護されているご家族から、大きな喜びの声をいただいた事例をご紹介します。

「洗えない、切れない」——固く握られた手の悩み

患者さんは、2度の脳卒中を経験され、四肢麻痺(ししまひ)の状態にある男性でした。
意思疎通が難しい状況の中、奥様が献身的にご自宅での介護を続けておられました。

訪問診療で伺った際、患者さんの体には強い痙縮(けいしゅく:筋肉のつっぱり)が現れていました。
特に深刻だったのは「手」の状態です。
両手が固く握りしめられ、指を開くことができないため、手のひらを洗うことも、爪を切ることも困難でした。
爪が手のひらに突き刺さるような状態で、見た目にも非常に痛々しく、衛生的にも懸念される状況でした。
また、肩や肘、足にも強い緊張があり、お着替えやオムツ替えの際も奥様へ大きな身体的負担がかかっていました。

奥様の願い「せめて、手を開かせてあげたい」

ボツリヌス療法で改善の可能性があることをお伝えすると、奥様は迷わず「まず、この手をなんとかしてあげたい。洗ってあげたいし、爪も切ってあげたいんです」とおっしゃいました。

次回の訪問時に、まずは両腕への治療を行いました。
その効果は目に見えて現れました。
あんなに頑固に閉じていた手が無理なく開くようになり、肘や肩の緊張も和らぎました。
「今までこじ開けようとしてもダメだった手が、こんなに簡単に……」と、奥様は驚き、大変喜んでくださいました。

この変化をきっかけに、3か月後には足への治療も行いました。
足のつっぱりが軽減したことでオムツ替えもスムーズになり、介護の負担を大きく減らすことができました。

「小さな改善」が支えるご家族の心

奥様がこれほどまでに喜んでくださったのは、単に「手が洗えるようになった」という物理的な理由だけではないと感じています。

長く困難な在宅介護の中で、「もう良くならない」と諦めかけていた後遺症が、治療によって目に見えて改善した。
その「希望」こそが、奥様の心を癒やしたのではないでしょうか。

「少しでも楽にしてあげたい、良くしてあげたい」というご家族の尊い想いに寄り添うこと。
それもまた、ボツリヌス療法の重要な役割です。
私たちは単に筋肉を緩めるだけでなく、ご家族の想いを汲み取った治療を常に心がけています。

通院が難しい方へのサポートとして

寝たきりの状態で外来への通院が難しい患者さんの場合、ご自宅でボツリヌス療法を受けるという選択肢もあります。

当院でも、訪問診療の対象エリア内であれば、ご自宅に伺っての治療に対応できる体制を整えています。
在宅での治療や介助の工夫について詳しく知りたい方は、一つの選択肢として、まずは現在の訪問診療の担当医や、対応可能な医療機関へ相談してみてはいかがでしょうか。

渡辺 淳志
筆者プロフィール
【リハビリテーション部長】

渡辺 淳志 WATANABE Atsushi

出身大学: 琉球大学

  • 日本リハビリテーション医学会 リハビリテーション指導医
  • 日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医
  • 日本脳卒中学会 脳卒中指導医
  • 日本認知症学会 認知症指導医
  • 日本頭痛学会 頭痛専門医
  • 日本ボツリヌス治療学会 認定施注医
  • 医学博士号(甲)
  • 義肢装具等適合判定医
ボトックス外来ページへ