ボツリヌス治療 連載第1回 美容だけじゃない?脳卒中後の「手足のつっぱり」に効くボツリヌス療法とは

美容医療の分野で「ボトックス治療」という言葉を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか?
テレビや雑誌などで、芸能人の方が「顔のしわを取るためにボトックス治療をしている」と公言されているのを見聞きしたこともあるかもしれません。

これは、ボトックスという薬剤を注射して顔の筋肉をリラックスさせる治療法です。
筋肉の緊張が解けることで、引っ張られていた皮膚が伸び、「しわが目立たなくなる」「しわが寄りにくくなる」という仕組みです。

このボトックスの元になっているのは、食中毒の原因菌としても知られる「ボツリヌス菌」という菌です。
「菌の毒素」と聞くと怖く感じるかもしれませんが、医療用に使われるボツリヌス製剤は、治療に有効な成分だけを抽出し、安全に使用できるよう加工されています。
狙った筋肉だけに作用するよう調整されているため、副作用は非常に少ないのが特徴です。

さて、ここからが本題です。
このボトックスが脳卒中の後遺症治療にも使われていることはご存じでしょうか?

脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳の血管の病気をまとめて「脳卒中」と呼びます。
脳卒中になると、手足の麻痺などの後遺症が残る場合があることは広く知られています。

しかし、発症から3か月以上経過して症状が落ち着いた頃に、手足の筋肉がこわばってしまい、
「関節が曲がったまま伸びにくい」
「つっぱって曲げられない」
といった症状が遅れて出てくることは、あまり知られていません。

このように、脳卒中後に筋肉が緊張して固くなってしまう状態を「痙縮(けいしゅく)」と呼びます。
実は、脳卒中後の患者さんの約30%~40%にこの痙縮が発生すると言われています。

その固くなってしまった筋肉にボツリヌス製剤を注射することで、緊張をやわらげ、症状を改善することが期待できます。
「指が開かない」
「肘や膝が伸びない」
「足首が曲がってしまった」
など、痙縮でお困りの患者さんにとって、目に見える変化を感じやすい治療法の一つです。
リハビリテーションの効果を高め、日常生活の動作を助けることにもつながります。

日本には、治療が必要な脳卒中後の痙縮の患者さんが約50万人いると言われています。
しかし、痙縮という後遺症自体の認知度が低いことや、専門的に治療できる医師がまだ少ないことなどから、適切な治療を受けられないまま症状が進行してしまう方が多いのが現状です。
痙縮を長期間放置すると、関節自体が固まって動かなくなる「拘縮(こうしゅく)」という状態になり、そこまで進行すると手術以外での改善が難しくなってしまいます。

脳卒中後に
「手足が突っ張って曲げにくい」
「曲がってしまって伸ばしにくい」
といった症状にお悩みの方や、そのご家族がいらっしゃいましたら、一度専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
治療が必要な状態か、治療によってどのようなメリットが得られるかなど、痙縮治療を専門とするリハビリテーション科などの医療機関で話を聞いてみることを一つの選択肢としてご検討ください。

渡邊 淳志
筆者プロフィール
【リハビリテーション部長】

渡邊 淳志 WATANABE Atsushi

出身大学: 琉球大学

  • 日本リハビリテーション医学会 リハビリテーション指導医
  • 日本脳神経外科学会 脳神経外科専門医
  • 日本脳卒中学会 脳卒中指導医
  • 日本認知症学会 認知症指導医
  • 日本頭痛学会 頭痛専門医
  • 日本ボツリヌス治療学会 認定施注医
  • 医学博士号(甲)
  • 義肢装具等適合判定医
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